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現実と非現実の話

にいみさんに 「わんどさん、体験型イベントアドベントカレンダー書いて♡」 って言われたので急遽書きます。

この記事は体験型イベントアドベントカレンダーの12月14日の記事として書かれたものです

体験型イベント Advent Calendar 2014 - Adventar

紹介

今年の3月末から零狐春に所属して、 Web謎を2作ほど公開したり、三億遊戯のジャッジをしたりしました。 本業ではスマホ向けゲームを作っています。

自分が今まで、がっつり関わったコンテンツの中で一番体験型イベントに近いのは三億遊戯かもしれません。 そして次の体験型イベントは謎解き王2になる予定です。

[参考リンク]

Webにおける体験型イベント(体験型イベントAdvent Calendar)|八索@ZER0KIT|note

三億遊戯の話は今度書きます。

ゲームについて

現実の社会には様々な要素があり、情報が多すぎることで本質がみえないため その中の一部の本質的な要素に着目したり、 もしくは現実世界と完全に切り離した仮想現実の中での体験が行われます。

また、リアル体験型イベントはそんな中でも、現実世界の要素をいくつか残していることで、 ゲーム部分に余分な複雑性を含めなくても難易度をあげています。

RPGで遊んだ

中学生の頃、RPGで遊んでいて、 この世界はどうしてこんなに過ごしやすいのだろうと考えたことがありました。

  • 世界が小さい(ワールドマップになるとさらに小さい)
  • ワープもできちゃう
  • 宿が安い
  • セーブポイントからやり直せる
  • ステータスが数値化されてわかりやすい etc

確かにこれらは現実世界にない特徴ですが、 そのおかげで過ごしやすく感じているのかというと、いまいちピンときませんでした。 考えていくうちに、1つ決定的な違いが浮かびました。

  • アイテムを無意味に失くさない。

これだ! 自分に取って、ものを失くさずに世界を歩ける安心感こそが過ごしやすさであり、 そして、世の中の多くの人たちは、これだけ過ごしやすいのだということに悲しくなり、 また、過ごしやすい世界を作ることをライフワークにすることを決めました。

零狐春に入った

今年の3月に、謎解き界と近付こうと思い、 花岡さんに、「アナザービジョンの人たちとリアル脱出ゲームに行きたい」 という話をしたところ、その3日後ぐらいの花岡、常春、傘猫で行く予定だった 魔法禁書エンラッドからの脱出に混ぜてもらえることになり それがきっかけで零狐春に入ることになりました。

このとき、

LINEで連絡を取っていたのに、わんどが途中で携帯を落とし、 スタッフに相談の上、そのまま彷徨いつつ 結局みんなで分担できて、その回でダントツの最速クリアだった

ということがあり、零狐春のメンバーコメントでも

[常春コメント] 脱出ゲーム公演中にものをなくすことによって脱出難易度を自らあげていく特殊能力を持つ。初めて会ったエンラッドも携帯を求めさまよいながら謎をバリバリ解きすすめていた。

こう書かれています。

現実と非現実

自分に取ってなにが現実で、なにが非現実かというと、前述の話から、 「物をなくす世界が現実で、物をなくさない世界が非現実」 と定義することができます。

また、現実世界の要素の中で真っ先に切り捨てなければならないものが物の管理で、 人間がやるものではないとも思っています。

体験型イベントと現実

エンラッドは現実を感じたイベントでしたが、エンラッドのようなリアル探索型のゲーム以外では 所持物を管理しないといけない問題が発生しないのでしょうか。

公演形式の謎解きイベントでは、一般に謎などが書かれた紙が大量に配布され、 そのことで、物の管理が発生します。 物の管理が苦手な自分に限らず、1人がその全貌を把握するには多すぎる量になっています。

ゲーム中に何より大切なのが役割分担と情報共有と言われますが、 情報共有については、この謎の書かれた紙をもっと管理しやすい手段があり、 全員が確認しやすい状況にあれば、もっと情報の共有はスムーズにいくはずです。

情報管理と謎解き

大量の紙の配布という手段は、"情報共有を難しくすることで一人一人の活躍が大事になってくる"という点や、"コミュニケーションを活発にする"という点のほか、 他にも公演として成立させる色々な点を満たしており、捨てがたい理由は多いのです。

けれども自分がリアル公演を作ることになったらおそらく、これ以外の形を模索することになると思います。

それは、本人が物理的な物の管理を苦手としているのもありますが、

リアル体験イベントで謎を解くことに成功したチームメンバーが、隠れたゲームの仕組みや舞台設定に気づく瞬間をゲーム中に持ってきたいという思い

そのためにはゲームの最後ですべての情報が全員に完全に揃っている状態にしたいという思い

そのために、情報共有がスムーズにいくことは前提で、その上で各自が考察を話すことをコミュニケーションの軸に置きたいという思い

があります。

最後の、情報共有ではなく、考察を共有するというのが、 人によってやり方も速度も広がる方向も違っているため難しく、 それを許容できるようなものにしたいという点も突き詰めていく上での課題となりそうです。

最後に

来年は公演のフレームワーク設計ができるといいですね。

もし、それがなぞともカフェのキューブで実現できそうならばキューブを利用するし、 他の形になるかもしれません。キューブはそもそも紙がないので相性が良いかもしれません。

来年の零狐春にもご期待ください。